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質問149  始めまして。私は、英語学習教材の編集に携わっております。「学院長との対話」を読ませていただき、色々と参考にさせていただいております。
 これまでの「英英辞典」に関する学院長のお考えを読ませていただきました。基本的には、英英辞典の利用に賛成なのですが、
全面的に禁止すべきかどうか、私自身にはまだ迷いがあります。大変、長くなってしまって恐縮なのですが、以下、現時点での私の考えをまとめてみました。もし、ご意見を頂戴できれば幸いです。
 以下、学院長のお考えに異議を唱えるものではなく、私自身の「迷い」を整理するためにまとめたものです。

 英和辞書は、英語の「日本語訳例」を集め、編纂したものである。したがって、収載されているのは、厳密には「意味」ではない。日本語の「意味」を調べる場合に国語辞典を使うように、英語の「意味」を調べる場合には英英辞典(つまり英語の国語辞典)を使う必要がある。別の言い方をすれば、英和辞書に載っている日本語訳がすべてではなく、文脈によって他の訳も可能であるということである。英和辞典の利用者はこの点に留意し、日本語訳の適切性を自分で判断しなければならない。これは、ある意味、高度な能力を必要とし、
初学者が英和辞典を使いこなすことは「難しい」という考え方もできる。

 また、英英辞典の使用は、ある単語を基本的な単語で定義もしくは言い換え(パラフレーズ)しているため、基本語彙の運用力を高めるという効果もある。 ただし、よく言われるように、「英語を英語のまま理解する」ために英英辞書が必須であるという考え方には異議がある。
「英語を英語のまま理解する」というのは、イメージとして理解するということで、いちいち単語を別のやさしい単語での説明に置き換えて理解しているわけではない。英和辞書を使う場合でも、英語と日本語を一対一で対応させるような使い方を避け、ある単語のすべての意味(ここでは訳例)に目を通して、単語のコアイメージを掴むといった使い方をすれば、同様の効果を得られるのではないか。

 大人の場合には、日本語での言語活動が長く、どうしても日本語を介して考えてしまいがちである。多読や、英英辞典そのものを教材とする方法で、徐々に日本語を介さない訓練をするというのは理想ではあろうが、仕事のために「手っ取り早く」(実はそんな方法はないが)、英語を学習したいと考えている社会人に、このように
1からゆっくりと、段階的に学習させることは困難である。また、実務での必要に迫られて、とりあえず英語のメールを読み・書きしたいといった場合、英和辞書を使うのもつの方法ではないか。

 さらに、英英辞典の説明でどうしてもピンとこないもの(日本語のほうがピンとイメージが浮かぶもの:固有名詞など)については、英和辞書を使ってもよいと考える。また、
大量に調べたり、翻訳する場合には効率を重視して英和辞書を使ってもよいと考える。もちろん、どんな辞書を使うにしろ、語の意味を真に理解するには、単に辞書情報だけではなく、語に関連するまたは背景となる事柄についての知識が必要である。したがって、必要に応じ、国語辞典、百科事典、インターネットなど他の参考資料も活用する必要がある。

 個人的な結論としては、
あまり辞書にこだわりすぎるよりも、学習した語彙を、多読・多聴、音読・シャドーイング、ライティングなどの訓練によって、イメージとして理解できるまたは感覚的に使えるというレベルまで習得することのほうが重要であると考える。(横浜市 IY
 これは上級(場合によっては超級)をめざして励むか励まないか、上級をめざすことを目的として指導するか指導しないかの問題に関するご質問です。ようするに、中級までの運用能力保持者までの育成で満足するか、それ以上のレベルを目標として学習あるいは教育するかの問題です。

 それはどちらでもかまいません。あくまで英語を外国語として学習あるいは教育するのであれば、中級の運用能力を維持できることで充分でしょう。

 これにたいして、できれば第二言語のレベルまでを目標としたいということであれば、ご質問にある感覚では無理だといわざるを得ません。

 どちらがよいか、どちらの人が偉いかという問題ではありません。運用能力に上下があろうと、どの人もどの人もすべて平等です。このことについては、これまでも機会があるごとにお話ししてきたとおりです。ただ、運用能力に差があると、上のレベルの方々はいろんな面で得をすることがあると思います。でも、基本的には平等なのです。まず、以上、二点を確認して本論に入りたいと思います。

 まず第一に、「全面的に禁止すべきかどうか」ということですが、日本での英語教育はあくまで「外国語としての英語」に他なりません。初級・中級を目的とした“教育”であるため、この方々のために残しておくことが必要なのかもしれません。

 第二に、「初学者が英和辞典を使いこなすことは「難しい」」については、文脈から、“訳”が云々ということですが、これについては英語の問題というよりも日本語の問題であり、受験エイゴ(〓外国語としての学習)という世界の問題であり、実用英語(〓上級・超級でいう日常会話)という世界での問題ではありません。日本語の問題は前者を目標として学習される方々(初学者〓初級・中級者)にとっての問題であり、そういう方々にとっては、本来の用法や定義、例(文)などを正しく理解しているかどうかは別として、その種の“辞書”のほうが理解しやすく感じるのではないかと思っています。だからといってその種の“辞書”を奨励しているわけではありません。ただ、本格的に学習されたい方々(〓上級・超級の運用能力をめざす方々)には、手に触れることがあってはならない類の物であるだけのことです。

 第三に、「「英語を英語のまま理解する」というのは、イメージとして理解するということおよび「いちいち単語を別のやさしい単語での説明に置き換えて理解しているわけではない」という二点について、前者にしろ後者にしろ、これは上級(場合によっては超級)をめざして本格的に学習された経験をお持ちでない方々のお考えです。

 第四に、「1からゆっくりと、段階的に学習させることは困難である」について、これも同上です。目標をどのレベルに置くかの問題に他なりません。

 第五に、「大量に調べたり、翻訳する場合には効率を重視して英和辞書を使ってもよい」についても同上です。上級・超級レベルの知識を運用することを目標とする学習者については、上記の内容は許されません。

 第六に、「あまり辞書にこだわりすぎるよりも」について、これは native speakers が言うことです。日本語についていえば、私たち日本人は超々々級の運用能力者(native speakers)です。私たちには辞書に“こだわる”必要がありません。しかし、これを日本語学習者が言うべきことであるかどうかは疑問です。まだまだ初心者の日本語学習者が言葉の運用能力学習課程において私たち母国人と同等であるはずがありません。こんなふうに言うのはいけないことかもしれませんが、学習者としてはきわめて不謹慎であり、傲慢であるにすぎないでしょう。それぞれが目標とするレベルに合った辞書を、謙虚な心で活用していただきたいと思います。
 これと同じことが、目標とするレベルを問わず、私たち英語学習者にも言えるのです。

 今回はお便りありがとうございました。少しすれ違いを感じるところがありましたが、IYさまも私も、それぞれが現状の打開をめざして励んでいるのです。けっして敵対するということでなく、互いの良いところは心から認め合い、励まし合っていこうではありませんか。

 どうかまた、何かございましたらお便りください。楽しみにお待ちしています。今回はどうもありがとうございました。
(西田)
事務局よりちょっと一言
いろいろなご質問を e-mail でお寄せいただきありがとうございます。
学院長は毎日、たくさんの授業を受け持っておりますので、なかなか皆さまのご質問すべてに即お答えする時間がございません。
少しずつではありますが、このコーナーをおかりして回答させていただきますのでご了承ください。
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(日高)