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質問162  高校で英語教師をしております。先生のお書になった『英語は冠詞だ』と『英語は仮定法だ』を読ませていただました。どちらの本も大変すばらしく、改めて英語に開眼するような思いをしております。
 さて、今日質問させていただきたいのは、定冠詞 the についてです。私はこの the の使用について、生徒からよく質問を受けて困っております。(特に Writing の授業で)生徒は簡単な英作文で特に定冠詞にしてよいのか悩むようです。
 簡単な英文をいかにいくつかあげます。いずれも英訳が課せられた場合です。
 @There is a dog in the yard. (同様に in the park など) 
 AThe Mail carrier comes around twice a day.
 B I decided that I would read the newspaper every day. 
 ほか、辞書には、このように
定冠詞のついた例文が数限りなく載っていますが、生徒はよく不定冠詞を使います。どのように説明したらよいのでしょうか。
 また、これらのよく辞書に出てくる定冠詞は先生の御著書の定冠詞の分類のどれ(たとえば、“筆者と読者の間で明確な量”+“説明しなくてよい定冠詞”)にあたるのでしょうか。
 また、超級を目指しているのではない生徒にとって、わかりやすい区別の仕方はありますか。(岩手県北上市・Y.K.)
 大変説明しにくいご質問で、ちょっとややこしいところがあるかもしれません。

 なぜ説明しにくいかといいますと、そもそも「文法」とは何かというところから考えなければならないからです。文法とは、一つの文を作るときの単語の並べ方です。単語が規則通りに並んでおればそれは正しい文なのです。

 これに対して、「作文」というものがあります。作文とは、導入段落から始まり、導入段落を支える body とよばれる段落が続き、最後に導入段落を別の言い方で再び言いかえる結論とよばれる段落から構成された extended paragraph discourse または the whole composition とよばれる文の作成行為を作文とよんでいます。これは超級レベルの学習です。

 文法(grammar)と作文(extended paragraph discourse)との間に「段落(paragraph discourse)」とよばれる学習がありますが、これは超級の基礎となる導入段落、body の段落、結論の段落など、どの種の段落についても共通する約束ごとを学びながら、実際に段落をつくってみる学習行為です。これは上級レベルの学習です。

 そもそも日本での英語学習は、あくまで「外国語としての英語学習」です。「第二言語としての英語学習」ではありません。第二言語としての英語学習は上級、超級レベルの学習であることを念頭におきながら、日本での「外国語としての英語学習」を考える必要があるでしょう。

 段落 (paragraph discourse) を演習したり、まして作文 (extended paragraph discourse) まで演習することのない子供たちに対して、どう回答すればよいかお悩みのご質問であるわけです。大変お困りであるのがよくわかるような気がしてなりません。

 ようするに、冠詞に限らず、どの決定詞(=determiners)を用いて数・量を決定しながら論旨を展開するかは段落、あるいは段落の集合体(=作文)の論旨により決定されることであるため、文を一つ作ってそれで決定詞を決定することは不可能に近い行為であることが、もしかすると生徒の皆さまに理解していただけないかもしれないからお困りであるのがよく理解できるのです。

 可算名詞の単数形には決定詞が5つあります。不定冠詞、定冠詞、所有格、指示形容詞、本当に数えるという5つの決定詞です。

 可算名詞の複数形には決定詞が5つあります。目には見えない無冠詞という冠詞、それに定冠詞、所有格、指示形容詞、本当に数えるという5つの決定詞です。

 どの決定詞を使用してもすべて文法(単語の並べ方)としては正しい文になります。ただ、どの決定詞で数を決定しながら展開するかは、前後(context)、とくに前との関係により変わるため、前のない、ただ一つの文章ではどの決定詞を用いるかは決定できないところが生徒には理解できないかもしれないという問題があるからむずかしいご質問であるわけです。

 そこでその解決法としては、こちら(私ども教える側)で、「こういうときはこの決定詞になり、こういうときはこの決定詞になるため、皆さんが例えば可算名詞の単数形について不定冠詞を選択されたのであれば、その理由さえ正しければ不定冠詞の選択は正しいわけです」と解説する他はないでしょう。ただし、その場合、生徒が選択した決定詞についてそれを選択した理由が正しいときだけが正しいのであり、理由が間違っておればその選択は正しくないということを明確にしなければならない義務があります。ただ、どの決定詞でもすべて正しいというのは生徒の知的性を満足する回答にならない恐れがあると考えておく必要があるでしょう。

 さらに、「また、超級を目指しているのではない生徒にとって、わかりやすい区別の仕方はありますか」ということですが、文が簡単であろうが複雑であろうが、かならず決定詞の関係してくるのが決定詞の性格であり、子供たちがその決定詞に関心を抱くのは当然のことだと考えておく必要があるわけです。生徒は深い知識を求めていると考える必要があるでしょう。深い知識を与えれば、それなりに反応してくれると信じています。どうか生徒の知的性を信じて高いレベルの知識を与えてくださるよう心よりお願いいたします。

 今回はご質問ありがとうございました。どうかまた何かございましたらご遠慮なくご質問をお寄せください。楽しみにお待ち申し上げています。
(西田)
事務局よりちょっと一言
いろいろなご質問を e-mail でお寄せいただきありがとうございます。
学院長は毎日、たくさんの授業を受け持っておりますので、なかなか皆さまのご質問すべてに即お答えする時間がございません。
少しずつではありますが、このコーナーをおかりして回答させていただきますのでご了承ください。
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(日高)