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学院長による論評などの記事(1)


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西日本新聞(1984年6月)
 「学校英語と英会話」と題し、両者の間にある深い溝を嘆く一方で、近い将来、「読む・書く・話す・聞く」が四位一体となった、言語学習本来の姿に学校英語もなることを確信する、という主旨の論評。
 「中学から大学まで十年以上も英語を勉強してきたのに、全然話せないし、聞き取ることも出来ない」という嘆きは、この記事が掲載されて20年が経つ今日でも同様。この 20年のあいだ、世界はぐっと身近になった。ホームステイや留学など、海外で学ぶ機会も格段に増えた。学校でも授業に英会話を取り入れるようになり、ネイティヴ講師を教壇に立たせるなど、さまざまな変化が現れてはきたが…。

西日本新聞(1992年2月)
 1992年。日本はバブル経済が崩壊したとはいえ、まだまだ余波の恩恵を受けている頃。比べてアメリカは全土に沈滞ムードが漂い、経済はもとより、アメリカ国民にも覇気が感じられなくなってしまった時期。そんな折、学院長がアメリカを旅して感じたアメリカ国民の対日感情の変化…。「アメリカ人は働かない」と日本の首相が発言したことが水を差した日米摩擦。その根源について考察、相互理解への提言を英文でまとめた『Cave Exploration ― 病めるアメリカと日本』も記事で紹介されています。
 この十数年で日米の状況は激変しています。この英文小冊子に描かれたアメリカの姿は今ではその陰すらありませんが、国と国、人と人、社会と社会がお互いに理解するうえで最も重要なのが言葉です。いまも世界の中で国同士の友好関係を保つ最善の手段はコミュニケーションです。「対話」を通して相手を理解する。これが基本であり、すべてです。
 世界共通語である英語で、国同士、人間同士が本当に理解しあえるようになったときこそ平和が訪れるのでしょう。私たちはそれをめざして英語を学習しているのかもしれませんね。

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朝日新聞(1992年10月)

 アメリカ留学中の高校生が射殺された事件を受け、学院長が新聞記者の取材に答えたものの一部が掲載された記事。
 "Freeze!" が聴き取れなくて…というこの痛ましい事件は、海外へ出る人々に対し、安全が保障されたような日本と諸外国との温度差、最低限度の語学力の必要性などを再認識させるきっかけとなりました。
 一般的に、海外で生活していく上で、特別なことが起きない、安泰な状況では、語学力がたとえ低くても何とかやっていけるものですが、何か特別なことが起きたとき、緊急の場合、異常事態が起きたとき、トラブルが生じたときなどの状況下では、ある程度の語学力がないと対応しきれないのだそうです。

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文責 R.H.(日高)